INTERVIEW
代表インタビュー
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しなやかに、力強い電力を。
代表取締役 三村が語る、
統合型エネルギー企業への道
株式会社サンヴィレッジ 代表取締役
三村 挑嗣
東日本大震災の翌年、太陽光発電所のEPC事業からスタートした株式会社サンヴィレッジ。創業から十数年、FIT制度の終焉という業界の転換期を乗り越え、いまや発電からアグリゲーションまでを一体で手がける統合型エネルギー企業へと成長を遂げました。
その急成長を支えてきたのは何だったのか。代表取締役・三村挑嗣に、目指す未来のビジョンから、創業の原点、これまでの経営判断までをインタビューしました。




「Road to 2030」
供給力と調整力を両立させる
―――サンヴィレッジは2030年に向けた中長期成長戦略「Road to 2030」を策定しています。
三村:『Road to 2030』は、太陽光発電所と系統用蓄電所による「供給力」と、アグリゲーションによる「調整力」を両立させ、発電・蓄電・需給運用を一体化したエネルギープラットフォーム企業への進化を目指す内容で、売上高1,000億円規模への成長を目指すとしています。
これは単なる規模拡大を目指すものではなく、発電・蓄電・需給運用を一体化させて、エネルギーの安定供給と市場価値の最大化を両立させる挑戦だと捉えています。ガバナンスの強化や社会的責任の遂行を通じて企業基盤をより強固なものにしながら、持続的な成長を実現していきたいと考えています。
創業のきっかけは、東日本大震災だった
―――2012年の創業は、何がきっかけだったのですか。
三村:東日本大震災です。翌年にFIT制度ができたタイミングで事業を始めました。震災で原発が止まり、再エネの普及が国の政策として後押しされた時期でしたね。
―――会社を大きくしてきた原動力は何だったと思いますか。
三村:2017〜18年くらいまでは、自社の発電所だけで社員の給料を払えるくらいの規模でいいと思っていて、社員2〜3人で開発をやっていました。
転機になったのは、工事業者がうちに直接案件を持ち込んでくるようになったことです。そこから本気のスタートが切れました。当時は5人くらいのメンバーで、「この子たちを守らなきゃ」という思いがすごく強かったんです。
「つくる」から「整える」まで― 多角化が支えた成長
―――ここまでの道のりで、大変な時期もあったという話もありました。
三村:いくつか壁はありましたね。まだ建設の知識が甘かった頃には、案件で事故が起きてしまったこともありますし、FIT制度がなくなる過渡期には、売上がなかなか伸びない停滞期もありました。社員にボーナスが払えないと頭を下げたこともあります。
FITからFIP制度に変わったタイミングで、自分たちで電気を買ってくれるお客さんを探さなければいけなくなったんです。その仕組みを立ち上げるのに、3年くらいかかりました。簡単な道のりではなかったですが、あの経験が今の経営戦略の核になっています。その後、旧一電(旧一般電気事業者)と契約を締結したことなどが日経新聞に取り上げられて、そこから会社への注目度が変わっていきました。
―――そうした時期を乗り越えられた背景には、事業を広げてきたことも大きいのでしょうか。
三村:そうですね。作るところから、電気の価値を整えて届けるところまで、全部自分たちでやりたいというのが、もともとの目標だったんです。電源をちゃんと自分たちでつくった上で、需給を調整していくビジネスモデルにしたかった。
もしアグリゲーションを自社でやっていなかったら、コロナや国際情勢の変化など、予測困難な外部環境の影響を今よりも受けていたと思います。リスク分散という意味でも大きいですし、今の時代、アグリゲーションをやっていないと事業として成り立たないとさえ感じています。
この業界は分業されている会社がほとんどですが、発電から需給運用までを一体でできれば、より効率的に電力の価値を届けられます。この立ち位置にいる中小企業はそう多くなく、規模の大きな企業と肩を並べる場面も増えてきました。
ただ、大きな企業は意思決定に時間がかかることも多い一方、このビジネスは制度が変わるたびに素早い判断が求められる世界です。だからこそ、トップダウンで機動的に動けることが、うちの強みになっていると感じています。

地域とともにスケールしてきた道のり
事業を広げる中で、サンヴィレッジが一貫して大切にしてきたのが、地域との関係性だ。
―――資金調達の面では、どのような考え方をされているんですか。
三村:基本は地方銀行ベースでやっています。発電所は地方にありますし、送電線も地域に分散している。だから、地域と協調してビジネスモデルをつくらないとスケールしないというのが、これまでの経験から見えていることなんですね。なので、戦略的に地方の金融機関との関係を積み重ねてきました。現在、付き合いのある金融機関は40〜50に上ります。これはおそらく日本一だと思います。
地方の銀行と組むということは、その地域に根ざした事業をやっていくということでもあります。単にお金を借りる関係ではなく、その地域に何を還元できるかをセットで考えてきました。
発電所は地域にあるものなので、その地域とともに価値をつくっていくことを、これからも大事にしていきたいですね。多角化も、地域との関係も、結局は同じ方向を向いているんだと思います。
蓄電池への先行投資 ―『2025年が元年』と言われる前に
―――蓄電池事業への投資も、相当な規模だと伺いました。
三村:蓄電池業界では『2025年が元年』と言われていますが、私はその前、2022年から土地の調達を始めていました。当時は「リスクを取りすぎだ」と言われたこともありましたが、今では日本一のパイプラインと開発数量を持っており、業界のトップランナーを走れている状況だと自負しています。
―――なぜ2022年というタイミングで、いち早く動こうと思ったのでしょうか。
三村:いろいろな方とお話する中で、業界がそういう方向に向かうという話を聞いて、これはチャンスだと思って賭けたんです。日本のエネルギー需要は、人口が減っていく一方で、AIの普及に伴うデータセンターの新設・拡大などで、2050年までに1.3倍くらいまで増えていくと見ています。電源を増やしていくには調整力が必要になるので、蓄電池をシステム化してパッケージとして提供したいと考えていました。思っていたより、時代の流れが速かったですね。
―――そしてこの大型投資の背景には、丸紅新電力さんとの資本提携があったんですよね。
三村:丸紅新電力社との資本提携で銀行からの見方も変わり、レバレッジを大きくかけられるようになりました。あの資本提携がなければ、ここまで思い切った先行投資はできなかったと思います。現在は同社と連携し、系統用蓄電池のフルパッケージ商品を提供しています。AC100MW規模の導入を目指し、日々取り組んでいます。
サンヴィレッジが社会に届けられる価値
―――サンヴィレッジが社会に届けられる価値とは、どのようなものだと思われますか。
三村:一番は、生活インフラとしての意義だと思っています。エネルギーのトータルコーディネーターとして、業界をリードしていきたい。せっかくつくった再エネを捨ててしまうのは、本当に意味がないことなので、その無駄を減らしていくことに価値があると思っています。
―――その価値を、誰に届けていきたいですか。
三村:次の世代、その先の孫の世代まで繋いでいきたいですね。エネルギーインフラはこの先もなくならない仕事なので、それを支える会社も長く続いていかなければ意味がありません。
だから、私がいなくても成長し続ける会社をつくりたいんです。そのためには、若い世代が主体となって会社を動かしていける環境が必要です。
社内では常に社員の平均年齢を意識していますし、20代でマネージャーを任せることもあります。失敗してもいいから挑戦してほしい。その積み重ねが、会社の未来を支えてくれると信じています。

描いたビジョンに向かって事業を広げ、地域と手を組み、仲間を増やしながら辿ってきた道のり。しなやかに形を変えながらも、ぶれずに積み上げてきたものが、いまの事業基盤をつくっています。
「しなやかに、力強い電力を。」その力強さを、2030年に向けた供給力と調整力の両立という形で、さらに大きなスケールで証明しようとしているサンヴィレッジ。私たちのこれからに、ご期待ください。